朝、目が覚める頃、何か本当はやらなければならなかったことから
逃れた責任を感じる。
自分の責任は自分でとる。これが私には出来ないのだ。
何から逃れるように暮らしている。
それはそれでいいと思うこともある。
周りと同じことをして、刺激的な日常を過ごしたい訳ではなく
ひっそりと静かに暮らしたい。
それが許されるまでは…。
朝、目が覚める頃、何か本当はやらなければならなかったことから
逃れた責任を感じる。
自分の責任は自分でとる。これが私には出来ないのだ。
何から逃れるように暮らしている。
それはそれでいいと思うこともある。
周りと同じことをして、刺激的な日常を過ごしたい訳ではなく
ひっそりと静かに暮らしたい。
それが許されるまでは…。
私はお好み焼き屋さんの店主と世間話をしたつもりだった。
ところが、店主よりたくさん話をした上、知識を出し過ぎたため怒られそうになった。
年配の方と接する時は、私はちょっと知らないように振舞ったり、謙虚な姿勢を忘れては
いけないと思った。
自分の知識を出し過ぎず、謙虚さを忘れないという点では、誰と接する時も
重要であると考えた。
これをしよう。 何かの続きのような気がする。 あれをしたい。これをしたい。 何足もの「草鞋」を集める。 「草鞋」を履いたり、脱いだり。 少しづつ前に進んでいる。 高い理想は時には、人によっては 高いストレスを催す。 私は向いている事、得意なことをしようと思う。